日本で最も売れているアプリは、ゲームではない。2024年、日本の消費者が最もお金を使ったアプリは韓国発の漫画アプリ「ピッコマ」だった。しかもそこで読まれているのは、ページをめくる従来の漫画ではなく、スマホで上から下へ縦にスクロールする「Webtoon(ウェブトゥーン)」。漫画の"読み方"そのものを変えつつある、この新潮流を解剖する。とくに力を入れるのは、この産業を動かす登場人物たち——Naver陣営とKakao陣営という二大勢力、量産を支える制作スタジオ、そして後を追う日本勢——を、相関図で一望できるように描くことだ。
📖 この記事の歩き方(目次)
LENS ① 定義とスケールWebtoonとは何か
🕒 この章:約4分
Webtoonは韓国発のデジタル漫画で、特徴は3つ。縦スクロール・フルカラー・スマホ最適化だ。従来の漫画が白黒・見開き・右から左にコマを追うのに対し、Webtoonは上から下へ、片手で親指を滑らせて読む。SNSと同じ操作で読めるこの形式が、世界のスマホ世代を掴んだ。
市場規模については、注意が必要だ。調査会社によって2024年で64億〜106億ドルと1.7倍近い開きがあり、CAGRも26〜34%と見解が割れる。これは各社が「Webtoon」の定義や対象範囲を変えているためで、そのまま鵜呑みにはできない。より実態に近いのは、韓国系2大プラットフォーム(Naver系+Kakao系)の実売上合算で見たおおむね50〜60億ドル規模という数字だ。いずれにせよ、猛スピードで伸びる新市場であることは間違いない。
LENS ② 成り立ちポータルサイトの"無料コーナー"から始まった
🕒 この章:約3分
Webtoonのルーツは2000年代初頭の韓国。ポータルサイトのDaumが2003年に、Naverが2004年に、アマチュア作家向けの無料漫画コーナーを設けたのが始まりだ。当時の韓国は出版漫画市場が小さく、紙のインフラが弱かった。その"弱み"が逆に、しがらみのないデジタル・ネイティブな漫画文化を育てた。日本のように成熟した紙の雑誌文化がなかったからこそ、韓国はゼロから「スマホで読む漫画」を発明できたのだ。スマホの普及とともに、縦スクロールという新様式が花開いていく。
LENS ④ 収益構造「待てば無料」という発明
🕒 この章:約4分
Webtoonの稼ぎ方の核心が「待てば無料(wait-to-free)」だ。各話は公開後、一定期間(数時間〜1週間)待てばタダで読める。でも「続きが気になる、待てない」人は、コインを買って最新話を先に読む。無料で間口を最大限広げ、"我慢できない気持ち"だけに課金する——行動経済学を突いた巧みなモデルだ。
図1:「待てば無料」モデルの流れ
LENS ③ 仕組み制作の仕組み ─ スタジオ量産という革命
🕒 この章:約5分
Webtoonが従来の漫画と決定的に違うのは、読み方だけではない。作り方(制作体制)が根本的に異なる。日本の漫画が「漫画家+アシスタント」の個人作家型なのに対し、Webtoonは完全分業のスタジオ量産型だ。
制作は「企画/ネーム(構成)/線画/彩色/背景/仕上げ/編集」といった工程に分けられ、各専門スタッフが担当する。アニメやゲーム開発に近いパイプラインだ。フルカラーの作品を毎週安定して供給するには、この分業体制が欠かせない。1人の天才に依存しないため、速度と量を出せるのが強みだ。
この量産を支えるのがCP(コンテンツプロバイダ)と呼ばれる制作スタジオ群。近年はプラットフォームが作家と直接契約するより、CP経由(IP主導・スタジオ量産)の比率が高まっている。結果として、産業はプラットフォーム→CP→個々の作家というピラミッド構造になり、作家は「アーティスト」から「管理される労働者・リスクを負う請負」へと立場が変わりつつある。分業が進むほど1人あたりの単価は下がり、長時間労働になりやすい——2025年にはNaver子会社のスタジオで賃金交渉が労働争議に発展するなど、この"量産の影"も表面化している。
LENS ⑤ 登場人物【相関図】Naver vs Kakao の二大陣営
🕒 この章:約8分
Webtoon産業を理解する最短ルートは、「Naver陣営」と「Kakao陣営」という二大勢力の対立を押さえることだ。この2つの韓国IT大手が、プラットフォーム・制作・IP化までを陣取り、世界のWebtoonを二分している。まずは全体を一枚に。
図2:Webtoon二大陣営の相関図
- Webtoon Entertainment(米ナスダック上場・2024)
売上約13.5億ドル/MAU約1.7億人 - WEBTOON(韓国・米/グローバル)
- LINEマンガ(日本)── 1日平均約39分閲覧
- 資本:Naver約60%+LY Corp(旧LINEヤフー)約24%
- 強み:グローバル展開・巨大MAU・北米
- Kakao Entertainment(韓国)
- ピッコマ(Kakao Piccoma)(日本)
2024年 日本アプリ消費支出1位 約4.97億ドル - KakaoPage(韓国・Web小説/縦読み)
- 戦略:海外は「選択と集中」。日本(ピッコマ)と北米に絞り、欧州・台湾等から撤退
- 強み:日本市場の圧倒的収益・Web小説からのIP
Naver陣営 ─ 世界に広く展開する「規模」の王者
Naverの持株会社Webtoon Entertainmentは、2024年6月にナスダック上場を果たした。売上約13.5億ドル、月間利用者(MAU)約1.7億人、150カ国超で展開する世界最大のWebtoonプラットフォームだ。日本ではLINEマンガとして展開し、2024年下半期には日本の非ゲームアプリで売上トップに立った。資本構成はNaverが約60%、LY Corp(ソフトバンクとNaverの合弁下にある旧LINEヤフー)が約24%を保有する。
- NAVER(韓国IT大手)── 約60%
- Webtoon Entertainment(ナスダック上場)
- ├ WEBTOON(グローバル/北米・韓国)
- ├ LINEマンガ(日本)
- └ 制作スタジオ群(Studio LICO 等)
- LY Corp(旧LINEヤフー)── 約24%
Kakao陣営 ─ 日本で深く稼ぐ「収益」の王者
もう一方の雄がKakaoだ。その主力兵器が日本のピッコマ。2024年にゲームを含む全アプリで日本の消費支出1位(約4.97億ドル)を獲得し、非ゲームでは5年連続で首位を守る。Kakaoは韓国国内・グローバルで一時拡大したが、近年は「選択と集中」に舵を切り、欧州(フランス)・台湾・インドネシアなどから撤退。日本のピッコマと北米(Tapas)に資源を集中させている。「広く薄く」より「日本で深く」——これがKakaoの生存戦略だ。
- Kakao Corp(韓国IT大手)
- Kakao Entertainment
- ├ ピッコマ(日本・消費支出1位)
- ├ KakaoPage(韓国・Web小説/縦読み)
- └ Tapas(北米)
- Kakao Entertainment
後を追う「日本勢」 ─ 出版社とIT大手の反攻
日本市場を韓国系2社に押さえられた格好の日本勢だが、2024年以降、反攻を本格化させている。原作(漫画IP)と資本を持つ日本の出版社・IT大手が、自前の縦読みプラットフォームやスタジオを次々に立ち上げているのだ。
図3:Webtoonをめぐる日本勢の参入
| プレイヤー | 参入の形 | 特徴 |
|---|---|---|
| 集英社 | 「ジャンプTOON」創刊(2024年5月) | ジャンプIPの縦読み化+オリジナル。開発はサイバーエージェント |
| サイバーエージェント | 縦読みスタジオ「STUDIO ZOON」(2022) | Amebaマンガで独占連載。編集に講談社出身者 |
| KADOKAWA×ピッコマ | 業務提携(2024年12月) | 週刊e-mangaマガジンを共同創刊 |
| 楽天 | 「R-TOON」(2023〜24) | ディズニー作品の縦読み化なども |
| 講談社・小学館・DMM等 | 縦読み企画を続々 | 各社が商機を狙い参入(詳細は各社発表) |
LENS ⑥ 競争環境日本市場は"ウェブトゥーン戦国時代"
🕒 この章:約4分
日本は、世界でも特異なWebtoonの主戦場だ。もともと世界最大の漫画大国である日本で、韓国発の縦読みアプリが課金トップを占める——この逆転現象が起きている。
図4:日本のアプリ消費支出ランキング(2024・全カテゴリ)
この競争が示すのは、漫画の勝負が「作品の面白さ」だけでなく「アプリの使いやすさ・課金設計・レコメンド」という、テック企業の土俵に移りつつあるということだ。だからこそ、コンテンツを持つ出版社と、テックを持つIT企業が組む動き(集英社×サイバーエージェント、KADOKAWA×ピッコマ)が加速している。
LENS ⑤ 登場人物(続)Webtoonは"原作の鉱脈"でもある
🕒 この章:約5分
Webtoonの価値は課金収入だけではない。映像化される原作の鉱脈という、もう一つの巨大な顔がある。過去10年でWebtoon原作の映像作品は数百本が作られ、Netflixの世界ヒットも数多く生んだ。
教科書的成功例:『俺だけレベルアップな件』
その代表が『俺だけレベルアップな件(Solo Leveling)』だ。この作品の展開は、ワンソース・マルチユースの完璧な教科書になっている。
図5:『俺だけレベルアップな件』のIP展開
実写ドラマ化の鉱脈
実写ドラマの世界でも、Webtoonは原作の宝庫だ。『梨泰院クラス』(Kakao/Daum原作)、『女神降臨』(Naver原作、累計8.5億ビュー超)、『Sweet Home』『今、私たちの学校は…』など、Netflixの世界的ヒットの多くがWebtoon原作である。1本のWebtoonが、アニメ・ゲーム・実写ドラマ・映画へと化ける。1つのIPを核に複数の収入源が回る"弾み車"が、ここでも力強く働いている。プラットフォームがIPと配信と映像化の窓口を垂直統合できるのが、Webtoon陣営の強みだ。
LENS ③ 仕組み(比較)日本漫画 vs Webtoon ─ 構造の違い
🕒 この章:約4分
ここで、従来の日本漫画とWebtoonを正面から比べておこう。読み方も、作り方も、稼ぎ方も、実は正反対だ。
図6:従来の漫画 vs Webtoon
| 比較軸 | Webtoon | 従来の日本漫画 |
|---|---|---|
| 読む向き | 縦スクロール | 見開き・右→左 |
| 色 | フルカラー | 基本は白黒 |
| デバイス | スマホ最適化 | 紙/タブレット |
| 制作体制 | 分業・スタジオ量産型 | 作家+アシスタント(個人作家型) |
| 課金 | 待てば無料+話単位課金 | 単行本・雑誌の購入 |
| 作家の立場 | 管理される労働者化しやすい | 作家の権利・作家性が強い |
| 量産性 | 高い(速く・多く出せる) | 低い(1人の天才に依存) |
| IP化の主導権 | プラットフォームが垂直統合 | 出版社+製作委員会で分散 |
Webtoonと日本漫画は、優劣ではなく「別の設計思想を持つ2つの漫画」。競合しながら、互いの長所を取り込み合っている。
LENS ⑦ 論点と未来縦読みは漫画を"上書き"するのか
🕒 この章:約4分
論点は3つ。第一にフォーマット競争。縦読みか見開きかは決着せず、むしろ融合が進む。日本の漫画アプリも縦読みモードを導入し、境界は溶けつつある。読者は「面白ければどちらでもいい」からだ。
第二にAIと量産。Webtoonは分業・スタジオ制で量産に向くぶん、生成AIの活用も先行する。彩色や背景の一部をAIが担う現場も増えている。ただし韓国では作家の反発も強く、AIの扱いをめぐる議論が続く。韓国は2024年末に「AI基本法」を可決し(2026年施行予定)、産業振興を重視した柔軟な設計を選んだが、著作権の扱いは今後の課題として残された。「速く安く作れる」AIと、「作家の権利・雇用」をどう両立させるかが問われている。
第三に日本漫画との関係。競合か、融合か。ピッコマやLINEマンガが席巻する一方、日本の緻密なストーリー漫画の強みは健在で、両者が刺激し合いながら"漫画"の定義そのものを広げている。プラットフォーム(器)は韓国が握り、強力なIP(中身)は日本が持つ——この補完関係が、次の時代の漫画産業の形を決めるだろう。
📌 3つの持ち帰り
- Webtoonは縦スクロール・フルカラー・スマホ最適化の韓国発漫画。スタジオ量産で速く多く作れるのが構造的な強み(ただし作家の労働者化という影も)。
- 登場人物はNaver陣営(規模・グローバル)vs Kakao陣営(日本で高収益)の二大勢力。日本勢(集英社・楽天・サイバー)が原作IPを武器に後発で追う。
- 稼ぎ方の核は「待てば無料」+話単位課金、最大の伸びしろはIP化(映像化)。『俺レベ』がその教科書。縦読みvs日本漫画は決着せず融合へ。